例えば桜の花が咲く準備をしだすとか、
例えば木々の木の葉が色づく切っ掛けにするのは、
どちらも“日照”よりも“気温”が鍵となるのだそうで。
“まあ、樹や草も生き物なんだから、
肌身で感じたことに左右されるのは もっともな話だが。”
この秋は微妙に秋めきが早いめで、
残暑が厳しいはずの期間があっと言う間に終わってしまい。
天文学という学問や暦がなかったならば、
人の和子らは“冬支度を急がねばっ”と、
まだ早いというにそんな恐慌状態に陥っていたかも知れぬ。
確かに多少は 急ぐに越したことはないのかもしれないが、
だったらだったで前倒しなのかどうかが判らぬだけに、
例年より長い目の冬かも知れず、
そうともなれば、見積もりも慎重にせねばならずで。
“などなどと、小賢しいあの術師なぞは屁理屈を並べるのだろうよな。”
いや待てよ、
彼奴からは どこか我に似た強引な肉食の匂いもするからの。
いざとなりゃ力づくでどうにかする知恵もある奴だから、
なるようになれとの乱暴に、
さほど慎重な蓄えまでは気配りせぬかも知れぬなと。
これでもたかが人の子へは丁寧な方、
わざわざ“どうするんだろうか”なんて考えてみた蛇神様で。
“これっぽちのことで右往左往させられるから
小さい生き物は大変だの。”
季節を運ぶ風の巡りさえ、
これっぽちのことだそうです、神様だから。
そんな風にゆらゆらなぶられている大楢の樹の上、
最初の梢が分かれる股のところに泰然と腰掛けて、
縄張りの端っこ、
人里と呼ぶには結構広大な都の裾になろう
小さな雑木林と森との境目あたりを、
ちょっぴり楽しそうなお顔で のんびりと眺めてござる。
あれほど強烈で目映いものだった陽射しも、
少しずつその威容を弱めてゆき。
正午を回ればもう、何とはなく黄昏の金色が滲みだす。
今はまだ瑞々しさも居残る下生えも、
そのうち追われるように冬枯れに乾きだし、
森の木々も、色づき始めている分は葉を落としてしまうという具合で。
年によっては ほんの半月ほどで、
あっと言う間に次の季節に塗り変わる森の中ほど。
椿や金木犀といった常緑の樹木に取り囲まれた格好の、
ここはそれほど、見栄えにあまり変化は少ない空き地の真ん中で。
里側から遊びに来ていた小さな童が二人ほど、
互いの尻尾を追い回すようにして、
パタパタとお元気に駆け回っておいで。
「きゃいvv」
「わいvv」
お膝がどこだかも曖昧な、寸の足らないあんよを投げ出すように、
可愛らしい沓のかかとで下草を蹴立て、
それははしゃいで追いかけっこをしている坊や二人。
浅青と緑と染めの異なる小袖に浅黄の筒袴、
それなりの屋敷の童子といういで立ちながら、守役の姿はどこにもなくて。
広場の真ん中へ円を描くようにして互いを追っている様が、
いかにも幼く楽しそうではあるけれど。
こうまで深い深い森の奥向きのこと、
いくらまだまだ明るい日中でも、
怪しい輩に狙われて攫われやせぬか、
はたまた迷子になってしまわぬかと心配なことでもあって。
“まあ、この辺りともなりゃあ、
よほどに酔狂で物知りの数寄ものでもなけりゃあ
人間の賊では なかなか入り込めぬが。”
京の都に間近い野辺とはいえ、
結構 鬱蒼とした林の奥向きなのと。
それからそれから、
ここいらの地主であるお人が、
宮中に出仕するほどの位の高い殿上人なので、
建前的に 勝手に入れば罪となるその上。
神祗官補佐という神聖な職務には
だがだが そこまで必要ないくらいの咒力もお持ちなものだから、
うっかり踏み込めば
同じところをぐるぐる回る羽目と成りかねない
強力な結界もあちこちに張ってある。
それへ加えて、
「……あ♪」
鬼ごっこなのか駆けっこなのか、
どちらか判らぬくらいにぐるぐる駆けてた和子らの前へ、
ぽ〜んとどこからか飛んで来て、まだ多少は居残る芝の上、
とんとん・ころり、小さく弾んだきらきらが一つ。
カブトムシみたいにつやつやの、
「どんぐい!」
「うっ、どんぐいっ!」
一つだけではなく、続いて幾つも飛んで来ては弾み、
思わぬお宝が降って来たぞと、小さな和子らを夢中にさせていて。
甘い色合いの結い髪、丸ぁるい頭の上にてひょこひょこ跳ねさせ、
きゃあきゃあと無邪気にもはしゃぎつつ、
躍起になって追いかけるのを尻目にし、
「…で。お前ら、ウチの秘蔵っ子らに何用だ?」
陽なたで駆け回る、小さくて柔らかそうな童子らを
木立の陰から見つめる存在があるのへも気づいておいでで。
そちらへはすっかりと気色も塗り替えての
逃がすものかとの覇気も鋭い、眇めた双眸が向けられており。
「あのチビさんたちには、そうそう近づかれちゃあ困るんだな。」
いやさ、許さねぇよと、
不敵そうににやりと笑った精悍な口許には、
紛うことなき獣の牙がぬらぬら覗く。
こんな場末の森にいるよな輩、
しかも何かを作為的に仕掛けるような胡亂な存在は、
通りすがりや迷子でない限り、半分は妖異の端くれに相違なく。
「俺の縄張りで好き勝手はさせねぇよ。」
にんまりと笑みを重ねた彼の精悍なお顔を縁取っている、
縄のような変わった結いようの髪が、風もないのに ゆらるら躍り、
《 ひぃ〜〜〜っ。》
《 お助けを…っ。》
このおっかない主が治める林で、
なのにあんな小さい和子らが無防備でいられるとはどういうことか。
ちょっと考えりゃ判るだろうにと、
他の物怪らがやれやれと、
流れ者の失態へ揃って肩をすくめた、秋の初めでございます。
〜Fine〜 14.10.06.
*庭の槙の樹に実がつき始めていて、
赤い実がブルーベリのような色へ落ち着くのを待たずして、
オナガでしょうか、
ちょっと大きめの小鳥がついばみに来ております。
クチバシに何か付いて いずいのか、
物干し竿に こんこんこんと打ち付ける音で
ぼんやりと目が覚めてる 今日このごろでございます。
そんな我が家よりもっと、
当たり前ですが秋の訪のいも顕著な誰かさんチの裏山では、
くうたんと こおたんがお元気に駆け回り、
それをわくわく眺めておいでの蛇神様だったりするようです。
今年も冬眠の予定はないのかな?
めーるふぉーむvv
or *

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